てがろぐ - Fumy Otegaru Memo Logger -

お手軽一言掲示板(この辺の文章は「管理画面」の「設定」内にある「フリースペース」タブから編集できます。)

or 管理画面へ

No.6

アーニイ・パイルの教訓
 この劇場の荘麗華美なるに対して、有楽座から日比谷映画劇場、喫茶カテイ、名物食堂にいたる東宝系一帯の地域が、如何に陰惨な、汚穢な塵溜めのような、掃除の行届かざるを実見して、親の心、子知らずと言うべきか、何という無神経であるかと口惜しく思うのみである。
 この破壊された戦災地のあとには、仮小舎がそれからそれへと新築されて、まばゆき電灯のにぎやかな店かざり、あつものの香り、食欲をそそる見本品、奥より漏るるレコードは『林檎は何も言わないけれど、リンゴの気持はよくわかる、リンゴ可愛や可愛やリンゴ』……レコードに合せて流行唄を歌いながら歩く若い人達によって、賑う街の中に、我関せず焉として、焼残った東宝系の建物のみは暗闇である。
 もと日東紅茶の店は、進駐軍の図書室として花やかに輝く時、筋向うの喫茶カテイの洋館四階建は真暗である。四ツ角五階建名物食堂も真暗である。自力で無い、他人様のおなさけで、インフレ景気に有頂天になっている東宝には、その内部から他力本願の虚を衝いて、赤化を夢みる幻影が、スクリーンに映されんとしている。しかしながら、彼等は必ずや「アーニイ・パイル」の行届いた経営方式に驚倒し、その後塵を嘗めて、よちよちながらも学ばんとするに至るであろう。

 労働争議というがごとき、生々しい事実を取上げて、東宝を訓戒せんとするがごときは、私の目的ではない。聞くところによれば、この「アーニイ・パイル」なる名称は、労力に酬ゆる正当なる報酬であり、勲功に対する名誉の表彰であり、大衆の支持を象徴する公平なる結論であるという話である。
 果して然らば、我等の東宝において、アーニイ・パイルの記念すべき名称を、東宝劇場の軒頭に掲げるに至ったことは、偶然の教訓的指示であるかもしれない。私はここにおいてアーニイ・パイルについて語るであろう。
「アーニイ・パイル」は太平洋戦争に参加したる米国一新聞の青年記者の姓名である。彼は不幸にして海戦のさ中に戦死した。然し、彼の綴れる通信記事は、全米を風靡して好評を博したのである。米国各新聞社から派遣せられた数百名の記者によって、送られたる通信記事の内容は、その冒険を競い、その敏捷を争い、その独自性をほこり、或は又美辞麗句、奇抜であり、意表に出ずる等々千差万別の裡にあって、彼は終始一貫、兵士と苦楽を共にしつつその兵士の行動、その生活、その信念、あるがままの本質と、真の姿をあらゆる角度から書いて、故国の同胞父兄に報告したのである。
 その報告記事は、酒のごとく強くもなければ、香りも無い、酔うことの嬉しさも、眠ることの楽しみもない。しかし、酒は興味のある人、無い人、嗜む人、嫌な人もある。水に至っては、淡々として無味、何人も手を放すことの出来ない必要品であるごとくに、彼の通信は待ちこがれる水であったのである。恐らく太平洋戦争に参加したる陸、海、空、各方面綺羅星のごとき将官の数は数万人にのぼったであろう。そして、輝かしい戦功にともなう物語は、読者をして充分に満足せしめたであろう。然しながら、その数量において、上長官は兵士軍属の何十万分の一にすぎないのである。米国国内に於ける出征軍人の消息を待ちこがるるその家族の数も亦然り。即ち、その大多数を満足せしめたる青年記者アーニイ・パイルの通信は、米国大多数の出征家族をして感謝せしめ、礼讃せしめたのである。流石に民主主義の本家である米国としては、最大多数によって感謝せられたる代表的新聞記者としてのアーニイ・パイルを表彰すべく、この劇場に命名したることは、わが国のごとき一将功名成って万骨枯るるを怪しまざる官尊民卑の風習に対して、善い教訓であると思うのである。

by admin. 小林一茶,アーニイ・パイルの前に立ちて <1536文字> 編集

DASHBOARD

■複合検索:

  • 投稿者名:
  • 投稿年月:
  • #タグ:
  • カテゴリ:
  • 出力順序:

■新着画像リスト:

全0個 (総容量 0Bytes)

■日付一覧:

■日付検索:

■カレンダー:

2023年9月
12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930

■ハッシュタグ:

  • ハッシュタグは見つかりませんでした。(または、まだ集計されていません。)

■最近の投稿:

■フリースペース:

編集

▼現在の表示条件での投稿総数:

1件

▼最後に投稿または編集した日時:

2023年11月23日(木) 12:26:00〔2年以上前〕

RSSフィード